1000キロの旅 田老

romeo mamma

2012年06月25日 21:24

5月29日宮古市田老の善助屋食堂さんへ行ってきました。
この人に逢いたかったから。

偶然が繋いだ縁 私達は再スタートへ向かって進む善助屋食堂さんの夢を一緒に見たいんです。

















逢いたかったキャラバンのボスのマリちゃんにも初めて会いました。
震災後キャラバンを組んで何度も岩手・宮城・福島を訪問していたんです。
そして最初にマリちゃんが赤沼さんと出会ったのです。

















ロミオが他のワンコちゃんと一番最初から一緒にニッコニコで写真にうつるの珍しいんだよ~ いつも後ろの方で固まっているのに
大御所マリちゃんからガウッされないで、普通にお隣にいるし~


  田老はここです。

 アップダウンのある細いクネクネとした道
 を2時間くらい運転しないと盛岡から田老
 へ行く事はできません。

 田老だけじゃなく、沿岸部へ行くにはどこも
 同じ、大変です。






田老の町は壊滅的な被害を受けました。
たまたま田老は海辺から車で15分位の所に広大な敷地を持つ「グリンピア三陸」がありました。
町がバラバラになった所も多かったのですが、そこのグラウンド及びテニスコートに仮設住宅約400棟、2階建ての仮設商店3棟・仮設歯科診療所・仮設保育所が建設されました。
現在はホテルも再開していますが、ホテルの中に仮設診療所・調剤薬局も併設されています。

















今は仮設商店の中の一角にある善助屋食堂さん。

















今ではマリちゃんキャラバンのみんなで善助屋食堂さんを応援しています。

詳しくはこちら みんなで応援 を見てください

 
 善助屋食堂さんの看板メニュー

 どんこ唐揚げ丼

 めっちゃ美味いんだよ~



グリーンピア三陸から海岸の方へ車を走らせました。

















本当にあらかたないのよね。なんにも。

































この日、港はとても静かでした。でも大きな船はありません。

善助屋食堂さんも釣り船を持っていましたが、震災で駄目になってしまいました。
震災後、中古の船を求めて庄内にも2度程来たんだって。 
その時、太平洋側の船の形と日本海側の船の形が違うことに初めて気が付いたそうです。 へ~太平洋側の舟と日本海側の舟の形って違うんだ。

















赤沼さん、小堀内漁港の先へは震災後初めて来たそうです。
私達に見せてくれる為に。。。
辛かったかもしれない。 ありがとう。

















震災前は遊歩道も完備されてたみたいだし絶景のビューポイントだったんだろうな。

















小堀内漁港から約200メートルの地点で、標高37.9メートルの高さに、津波で漂着したとみられる木片や折れた松の木などを確認されたそうです。
津波の高さ38m?私は想像できません。

















 津波にも負けなかった「三王岩」

















 東屋だったとこかな。

















 万里の長城と言われた田老の防波堤、どこに行ってしまったのか? 
 そこに見えるのは防波堤?

















 漁港から右前方に見えるのは「たろう観光ホテル」

















ホテルの社長さんは従業員を逃がしたあと、ホテルの最上階からビデオで津波の様子を撮り続けたのだそうです。

















 「たろう観光ホテル」は津波の記憶を残すため残すそうです。

















































 3月11日この川を津波はどのように走っていったのだろう?

















とても素朴で優しい善助屋食堂の赤沼さん。
田老で会った皆さんも気持ちの良い方ばかりでした。 
行って見て話して来たことで、今まで以上に田老の町を見守り続けたいと思いました。
支援じゃなくて、復興に向けて少しでも 夢 一緒に見れたら良いな

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