偉大なる人生の先輩に会ってきました。

romeo mamma

2012年12月30日 10:37

このご夫婦にまた会いたいと思って、お伺いしてきました。


 西山さん

 笑顔の素敵な御夫婦です。





彼らは3.11の時、石巻の牡鹿半島に住んでいました。



 向こうに見える家の近くに
 西山さんの家はあったそう
 です。


 2回目の津波の時までは 
 波を被ったけど家はあった
 そうです。


 あの日、一晩中ギシギシと
 不気味な音が続いて・・・
 
 







 数日後見に行った時には
 何も無かった・・・



 ご先祖様のご位牌と数枚
 の写真だけ見つかったとか



 1週間連絡できなかったので
 お子さん達・御親戚の方々は
 牡鹿半島全滅のニュースに
 最悪の事を考えたそうです。




この西山さん、悲嘆にくれてなんかいないんです。


今何をすべきか、次何をすべきか考えて行動している。


山の方にあるお寺に避難した西山さんは、
翌日まず山を見て湧き水を探し
何をしていいかわからない人達に指示を出して、山の木を切って薪を作り
たまたま1週間分の買い物帰りだったのでそれを提供して、温かい雑炊とかを作ったそうです。
お寺にあるあらゆるものを利用して、少しでも快適に過ごせるように工夫したみたいです。


恐るべし76歳西山さん 「後ろを振り返ったって何も始まらないよ」 って言うんです。


震災後、支援が入ってきてから、そこを離れ、娘さんのいる名古屋に避難しました。
どこに行っても、地元に溶け込むことを考えて、地域のゲートボールなんかに積極的に参加してるんですよね。

支援はありがたく受けるけれど、悲壮感はまったくない。
道を間違えて、目的地までえらく時間がかかっても、それすら色々見れた、と楽しんでる。

名古屋では沢山の支援やサポートがあったけど
    「住むにはやっぱり東北が良い」
と、たまたま飛び込んだ遊佐役場で紹介されて「よし決めた」と遊佐に移って来たんです。


お宅にお邪魔した時「わぁ~昔ながらの大きな素敵な家」と思ったんです。
でもね、でもね・・・


役場の紹介で初めて家を見に来た時、ツタは家を覆い、家の中までツタが生え、放置されていた屋根の一部は壊れ雨漏り、道路から玄関まで雑草が林のように生い茂りっていたそうです。

近所の人から「何人も見には来たけど、もう1度来た人はいないよ」と言われたそうです。


 ツタの覆っている中に家が
 隠れています。

 電気屋さん水道屋さんから
 工事に入ってもらうために
 3日かけて玄関までの除草
 したそうです。

 もしこの段階で家を見たら
 私だったら、回れ右で帰った
 でしょうね。








現在のお家、素敵  太い柱に飾り窓、西山さん見る目あるよね。
















高級そうに見える家具や調度品とかはリサイクルショップ巡りをして驚くほど安く購入して、さらに上手くリメイクして素敵に家をコーディネイトしてました。
















手先の器用な奥様も、色々なものをエッと思うものに華麗に変身させ、現在習っている刺し子もお部屋の雰囲気をグレードアップさせています。
















この着物は、名古屋に避難した時に「これを見て気持ちが明るくなるように」と奥様、見て即決購入して、お部屋に飾っていたそうです。
何もなくなったけど、洋服よりこれが良い、と。
こういうポジティブに気持ちをもっていこうという考え方が大切なのかもね。


私達は田舎暮らしがしたくて、仙台から石巻に移り、そして今は遊佐にきたんです。 楽しいですよ、とおっしゃいます。


いやいや、震災、家の改築、造成、雪かき、本当は大変だと私は思うんです。


西山さんの旦那さんは76歳、ご夫婦2人とも

 後ろを振り返っても

  無くなったものに思いをはせても何も始まらないと言い

   色々なものに好奇心を持ちフットワークも軽く行動し

     地元に溶け込もうと色々参加し

       なんでも楽しんでしまえとする姿、感服です。


どれもこれも見習わなければと思うことばかりです。



家からは鳥海山が美しく見えます。それも嬉しいことの1つだそうです。




















年の終わりに、尊敬すべき人生の大先輩に改めてお会いし・お話できた事、嬉しく思います。

色々な人に出会うことができ充実した1年でした。 ありがとうございます。






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